昔ながらのブレーキ弁は都市部の鉄道では稀少になってきた?
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昔ながらのブレーキ弁は都市部の鉄道では稀少になってきた?

私が運転士になった昭和の末期(昭和63年)ごろ、私が所属していた乗務区で担当する車両は半数以上が電磁直通ブレーキ(HSC)であり、まだ電気指令式ブレーキ(HRD)の車両は少数派でした。

ちなみに自動空気ブレーキの車両はすでになかったので、私は運転したことがありません。

 

電気指令式の車両も形式によって運転台の形状が違いますが、私が担当してきた車両はすべてでブレーキや力行の段数は同じになっていたので、あまり違和感を感じることはなかったです。

まあ新しい運転台と古い運転台とでは、操作したときに固い・重いと感じる新しい運転台に対して、古い運転台ではフニャフニャっていう表現がピッタリなほどにブレーキや力行の操作時に感じることはありましたけどね。

(きっちりと段にはまってくれないと言えばいいのかな・・・)

 

それに対して電磁直通ブレーキのブレーキ弁は車両ごとに違っていました。

 

 

この画像はまんだらけオークションからお借りしました。

 

青の矢印がブレーキハンドルの爪で、以前当ブログでブレーキハンドルの故障について書いたことがありますが、この爪部分が真横に向いてしまってブレーキ弁に正しく装着できなくなったのです。

マジであせった・・・ブレーキハンドルの故障
支線を担当していた日のことです。 その路線には電磁直通ブレーキに抵抗制御という、今では珍しくなりつつある車両が走っていました。 でもその当時は本線の優等列車でもごくふつうに電磁直通ブレーキで抵抗制御という車両が使用されていましたから、特に珍...

 

そして何か所か赤い矢印を付けましたが、この溝の部分にハンドルの爪が入ると少し抵抗を感じることで、いまブレーキハンドルがどの位置にあるのかがハンドルを見なくても分かるようになっています。

ブレーキ弁に付けられた銘板の運転・緩メ・重リ・・・の数と同じだけ、ブレーキ弁にも溝が刻まれています。

 

この画像は自動空気ブレーキ(かな?私は見たことがない)のもので、私が運転したことがある電磁直通ブレーキではここまで多くの溝は刻まれていません。

それも車両の形式によって溝の数が違っていたり、順番が違っていたりしたのです。

※そのことについてはまた次回以降に書くつもりです

 

 

同じ形式のブレーキ弁でも、重たい反面意図した筒圧を入れやすいものもあれば

軽いのは良いけど、軽くエアを抜いたつもりが想定以上に抜けているブレーキ弁もありました。

そういえばブレーキハンドルを制動の位置で動かさず保持しているのに

シュッ・・・シュッ・・・

という音とともに勝手にエアが抜けていくブレーキ弁もありました。

※誰が名付けたのか、自動階段装置なんて呼ばれていましたが

 

私が所属していた乗務区が担当する車両所の車両は、なぜだかブレーキハンドルに車両番号がシールで貼られており、決まったブレーキハンドルを使うことになっていました。

なので出庫の時は出庫車両の車両番号を確認して、その車両番号のシールが貼られたブレーキハンドルを信号所のハンドル収納ケースから取り出して使用していました。

それも運転士になったころは、ブレーキハンドルを受領したら台帳に印鑑を押印しなきゃいけないルールになっていましたしね。

 

ところが同じ会社の別の車両所では、出庫の際に好きなブレーキハンドルを選ぶようになっていたといいます。

ブレーキハンドルによって微妙に柄の太さが違っていたり、ニスでピカピカの物もあれば、ハンドルの柄がささくれ立っていて指に刺さるような状態の物もありましたから、早いもの順で好きなハンドルを選べていたらしいです。

会社によってはブレーキハンドルは運転士が出勤時に1本渡されるとか、貸与されて個人管理というケースもあるようですね。

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