訓練列車
私がいた乗務区では年間24時間の研修会が設定されていて、すべての乗務員は必ず受講する必要がありました。
病気等で研修会実施期間中に受講できない場合は、後日マンツーマンで監督職とお勉強することになっていました。
研修会は机上だけではなく、車庫へ行って留置中の車両を使っての実車訓練も行われ、特に故障時の取り扱いを中心に再勉強していきます。
それだけではカバーできない訓練については、訓練列車を走らせてお勉強していきます。
たとえば通常時は入線しない箇所で入換運転を行うなど、机上の説明だけでは分かりづらいですし、信号機の建植位置も実際に見ないと分からないですしね。
その他に2年に一度は訓練列車を走行させて火災時の避難誘導方法の訓練も行われていました。
特にトンネル内で停車しての避難誘導訓練は真剣に勉強し直しておかないと、実際に起きれば死傷者が多数出ることになりますから。
たまに避難誘導の訓練なのに、足をくじいてしまう乗務員がいたりもしますし。
訓練列車が故障
まだ私が車掌のころ(1983年か84年ごろ)に参加した火災時の避難誘導訓練の訓練列車。
短い支線用の車両を使っていました。
定期列車が走行する合間に訓練列車を走らせ、実際に列車を駅間で止めて訓練を行います。
この時はトンネル内(地下線内)での避難誘導の方法を学ぶもので、例えばこの停止地点では風向きは必ずどちらから吹いているから、風上に向かって避難誘導することなんてやっていたわけです。
定期列車の合間に行うので訓練時間は10分もありません。
その訓練が終わり訓練列車を発車させようとしたら起動しません。
ブレーキは緩まるのですがノッチが入りません
火災時の訓練だからパンタを降ろしたが、きちんと上昇させたか?
MGがまだ回っていないのではないか?
訓練列車の担当運転士と訓練を指導する助役たちや、訓練を受講している運転士や車掌が寄ってたかって、あーでもないこーでもないとやるのですが、結局訓練列車は起動せず。
支線用の短い編成で主制御器が一つしかなく、その主制御器が壊れたようでした。
避難誘導訓練が推進運転の訓練?に
動かすことができなくなった車両ですがそのまま放置できるわけもなく、結局後続の列車に押してもらって車庫へ収容することになりました。
故障した訓練列車は電磁直通ブレーキで、後ろから押してもらう車両はまだ数少なかった電気指令式。
最前部で貫通ブレーキの操作ができない状態なので、規則上25キロ以下での走行になります。
一つ手前の駅でお客さんをすべて降ろした車両を連結して、双方の車両の貫通扉を開きます。
最前部に乗車して前方の監視と気笛の吹鳴を行う助役と、後部から押す車両の運転士とは直接会話できません。
そのために最前部から車内マイクを使って「進行」とか「停止」と言った指示を送り、その指示を聞いた故障車側の助役や運転士が推進を行う車両の運転士(助役)に伝言します。
そのために貫通扉を開ける必要があるのです。
どのような指示を出すのかなどの打ち合わせを行い、いざ推進運転がスタート。
ところが何を思ったのか、後部から押す車両のハンドルを握る助役はどんどん加速していき、区間最高速度でぶっ飛ばします。
最前部に乗車する助役も何もかまわずに「進行!」と指示を出し続けます。
私は貫通扉を開けた故障車側にいて、後部の推進車側へ手旗で合図を出していました。
貫通扉を開けて走行すると風切り音で声なんて聞こえませんから。
車庫のある駅に到着するとそこからは別の乗務員が入庫することになり、乗車していた乗務員や助役は乗務区の休憩所へ移動し、乗務員へは労いの言葉が待っていましたが助役たちは区の奥にある会議室へ。
推進運転時の速度の大幅超過に対して相当怒られたようでした。
車庫内の訓練では何度も推進運転を行いましたが、実際の推進運転の経験は車掌時代のこの一回だけ。
とんでもない〝訓練〟となりました。