ブレーキが甘い(効きがいま一つ)
交代のためにホームに立っていると、入線してきたのは電磁直通ブレーキの車両です。
私は電気指令式のブレーキよりも、電磁直通式のほうが扱いやすくて好きでした。
担当してきた運転士と交代の際に引き継ぎを受けます。
「ブレーキが甘いので気をつけるほうが良いですよ」
ブレーキが甘いとはブレーキの効きがいま一つだという意味で、どこの会社の運転士も普通に使う言葉です。
交替して一駅目、いつもと同じ位置辺りで過ぎ去っていく景色の速さから、このくらいだなとノッチをオフにします。
何気に速度計に目をやったのですが、
「あれ?速度低いなあ。今日は勘が鈍っているのかな」
いつもとほぼ同じ位置で、速度もいつもくらいだと判断してノッチをオフにしたのですが、速度計の表示では自分が思っている速度より5km/hほど遅い。
つまり自分の感覚より実速度が低い、速度を速いと感じてしまうということは体調が悪いか勘が鈍っているかのどちらかなのですよ。
寝不足の時や風邪気味の時などは、速度を速く感じることが多いですから。
そして停車駅が近付いてきます。
速度勘が狂っているかもしれないと思い速度計の値を信じで制動距離を計算し、その計算通りの距離でブレーキをかけるのですが全然足りません。
全制動まで入れて何とか停目に止めます。
「なるほどね、たしかに甘いかも」
次の駅に向かっていつも通りの場所でノッチをオフにします。
自分の感覚ではやはりいつもの速度だと感じているのですが、速度計の値はやっぱり自分の感覚より低い。
今度も速度計が表すスピードで制動距離を計算し、そこに甘い分の距離を足してブレーキをかけます。
するとピッタリに止まってくれます。
「ということは・・・」
速度計がおかしい?
次の駅までは一切速度計を見ずに運転します。
いつもの速度を感じたところでノッチをオフにするとほぼ同じ場所でした。
そして速度勘を頼りにしてブレーキをかけます。
するとブレーキは甘いどころか、ごく普通に停車してくれます。
「これ速度計がおかしいだけだろ?」
私は思わず運転台でそう呟きました。
速度計は車軸の回転を利用して表示されます。
車軸の回転数によって速度計発電機が発電する電流の違いで速度計は表示されます、電流計と同じ原理ですね。
昔はギヤなどを使った機械的なタイプもあったようですが。
車輪径が一定ならば問題ないのですが、フラット痕がある場合には車輪を削って円くするのですが、この時に車輪径が違ってきます。
通常は速度計発電機の側で調整するのですが、おそらく調整忘れでしょうね。
そういえば初期の車内の案内表示(次の停車駅などを案内する表示機)の操作盤には、車輪径をミリ単位で調節するダイヤルもありました。
ただ不思議なことに、車輪を削って調整しなければ速度計は実速度より速く表示されるはずなんですよね。
とにかくブレーキが甘いのではなく、速度計の表示が違っていたのでした。
速度計が無くてもスピードが分かる
運転士は速度観測と言って、速度計を見なくてもその時のスピードが分かるように訓練を受けています。
運転士の本務試験でも実施される試験項目で、実際の速度よりも高い方に間違えると減点は少なく、低い方へ間違えると減点は大きかったりします。
本務試験対策で必死になって勘を養っても、一人で乗務するようになって速度計ばかりを頼りにしていると、いつしか速度勘は衰えてきます。
なので私は定期的に〝自主トレ〟に励んでいましたよ。
ちょいと古い車両は、いきなり速度計が壊れて動かなくなることも珍しくはなかったですし、最近のデジタルの速度計でも急に無表示になった経験もありますから。
今は速度計がダメになればたしか運転中止になるんだったかな?
昔は無線で報告したところで、
「では、気を付けて運転を継続してください」
と言われるだけでした。