通常は運行管理システムに任せっきりな運転指令
通常は列車のダイヤをもとに、信号現示させる時間や列車の進路(どのポイントを動かすのか)といったものを自動的に制御しています。(列車運行管理システム)
何もなければ運転指令所内などにあるこの装置が勝手に制御してくれるわけですから、運転指令員は列車の遅れなどを大きなパネルで目視し、必要に応じて列車無線で指示を送ります。
実際には既定の時間以上遅れれば(ラッシュ時間帯と閑散時で既定の時間が違っていたりする)ブザーやランプで知らせてくれるので、パネルもあまり見てはいないのですが。
ダイヤや各駅での入換時間も机上の計算通りに走行していれば、運転指令は普段は特に何もしなくてもよいポジションと言えるかも。
ただし机上の計算と実際の列車の走行がピタッと合致するわけはありません。
- 旅客の乗降がダイヤで設定した以上に時間がかかる
- 天候等によりダイヤより遅れて走行した
- ダイヤ通りに走らすことができない運転士が担当していた
- 出庫や入換に少し時間がかかった
- そもそも机上の計算通りに走行するのが無理なダイヤだった
いろいろと原因はありますが、完璧にダイヤ通りに列車を運行できたなんて日はないでしょうね。
特に机上の計算でもギリギリな設定になっている部分なんて、毎日必ず遅延が発生しています。
そういった時間と駅と列車については運転指令も把握しており、そこは注意して運行状況を監視しています。
そしてシステムに任せっきりだと遅延が拡大する列車に対しては、運転指令が信号現示などに介入することで遅延を最小限に抑えようとします。
指令員による手動介入
その日私が担当していた上り普通列車は、毎朝他の列車の入場(到着)や入換運転とが重なり通常でも1分ほど遅れ、ひどい日には3分は遅れる完全にダイヤの設定ミスだろうと言われていた列車です。
この列車に対して運転指令は毎日信号の現示を手動介入していました。
出発前に流れる案内放送(〇番線から普通××行きが発車します…)をすべてカットし、出発指示合図のメロディも大幅カットすることで1分は稼ぐことができるのです。
その日も運転指令はいつものように手動介入してきました。
ところがその日は珍しく、入場列車も入換運転も遅れることなく机上の計算通りに事が進みました。
なのに運転指令は手動介入。
超短くカットされた出発指示合図のメロディが鳴り終わった時点では、本来の出発時刻より1分30秒も早い。
無線で運転指令に、
「何をやってるんだ!」
と文句を言ったものの、おそらく運転指令は何に対して怒っているのかが分からなかったみたいで、信号を落とすことはありませんでした。
急いで無線を入れたのには理由があって、始発駅で出発時刻をそこまで気にしていない車掌だと即ドアを閉める可能性があったからです。
始発駅の場合、遅れて信号現示されることはよくあるけど、早く現示されることは皆無ですから。
私はすぐに車掌へ事情を話しドアを閉めるのを待ってもらい、出発指示合図が鳴り終わって1分以上ジーっと止まっていましたが、お客さんはすごく怪訝そうな顔をするんですよね。
「この運転士何やってるんだろう?」
って感じで。
出発時刻になって車掌がドアを閉めようとするものの、今度はメロディが鳴っていないのに車掌がドアを閉めやがる!って今度はお客さんがすごく怖い目で睨んできたりと、本当に散々な目に遭いました。
顔色が変わった乗務区長
結局ほぼ定時で普通列車を出発させた私と担当の車掌。
早発は運転事故扱いとなって処分されるほどやってはいけない行為です。
昔は5秒くらいならばあまり問題にはなりませんでしたが、もし運転指令がメチャクチャ早く現示させた出発信号機に従って出発させていれば、およそ1分30秒も早発です。
今ならばマスコミを賑わせる事態になっていたでしょうね。
私が入社するより前は1分や2分の早発も珍しくはなかったようですが、さすがに私が運転士になったころにはせいぜい10秒の早発が限度だったんじゃないかな。
この頃には早発に対する監視が厳しくなっていましたしね。
優等列車の待避をしているところへ乗務区長が現れました。
私が列車無線で発した言葉ついての聞き取りですね。
「なぜあんな口調で無線で喋ったんだ? 本社からもお前に対するクレームが入っているぞ」
運転指令は自分たちが行ったことを報告していなかったようです。
「運転指令が信号の手動介入を行って、1分30秒以上も早く現示させたからですけど」
そういうと区長は顔色が変わりました。
「文句を言っても信号を落としませんでしたから、運転指令へ行って何時何分何秒に現示させたのかを調べてきてください! データは残っているハズですよね、よく10秒ほど早発さたと言ってデータを取り寄せて乗務員に詰め寄っているのですから」
ここまで言うと区長は
「……」
何も話さずに隣に入線してきた優等列車に添乗して運転指令所へ向かいました。
早発させても罪の意識なんて微塵もない運転指令長
休憩時間に朝食を食べてから乗務区へ戻ってくると、運転指令の指令長が私を待っていました。
「今日は悪かったな」
と小声で話しかけてきたので
「なぜあれほど早く信号現示させたのですか!私を引っ掛けるためですか!」
と乗務区の中に響き渡るほど大きな声で答えた私。
「あの当該列車は毎朝遅れて出発する要注意の列車で、操作盤の前に大きくメモ書きして貼っているんだ。それでな、とにかく手動介入させてすぐに出発させるようにしてるんだ」
こう言われると頭に血が上ってきて
「じゃああなたは、時刻も確認せずに憶測による取り扱いを行ったわけですね。それに普段あなた方は乗務員に対して数秒の早発も許さないという態度で接しています。なのに指令のトップのあなたがそういう事を平気で言うのですか?」
相当大きな声で怒鳴りながら言ったので、乗務区の人間がみんなが私のほうを見ています。
ここはとことん言いくるめてやろうと思った時に
「もう離れろ!」
と言いながら乗務区の助役たち数人が間を割ってきました。
結局この時のことをどう処理したのかは分かりません。
指令長も指令員たちもその後も普通に勤務していました。
無線での口調が悪いと本社から言ってきていたはずですが、そのことも何事もなかったかのようにスルー。
平成の初めころの鉄道の現場って、できるだけ表には出さずに隠せそうなものはすべて隠し、そして何もなかったことにしよう。
ホントにこんな感じの世界でした。
表には出ていないもっとすごい事もいっぱいあったのですが、まぁうまくオブラートに包むように文章にできそうならば書いてみようかなとは思っております。