著書「電車屋さんだったころの話 Ⅲ」について
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著書「電車屋さんだったころの話 Ⅲ」について

著書の紹介

「電車屋さんだったころの話 Ⅲ」の内容の紹介です。

当サイトの記事からいくつか選び大幅に書き直した記事と、書籍用に新たに書き下ろした記事を合計31話収録しています。

駅員だったころの話、鉄道のいろいろな話、車掌だったころの話、運転士だったころの話の4部構成となっています。

 

駅員だったころの話

駅員をしていたころの話を9話収めています。

昔の駅員の様子を感じていただければと思います。

 

なぞだった駅務室へ入ってくる警察官

ある駅で勤務していると制服の警察官が駅務室へ入れてほしいととやってきました。

それ以降約半年間、私が勤務している時だけ同じ警察官が駅務室へやってきます。

この警察官はいったい何をしにやってきたいたのか……

 

成人の日も仕事でした

20歳の私は自治体で行われる成人の日の自治体の式典に出席できませんでした。

電車屋さんは祝祭日など他の人が休む日こそ仕事をしろ!という、昔ながらの会社の体質のためでした。

でもある条件が加われば簡単に休暇申請が認められたり……

 

大部屋の仮眠室とイビキ部屋

今は乗務員も駅員も仮眠室は原則個室となっていますが、仮泊者の多い駅や乗務区の仮眠室は大部屋が基本。

就寝時間も起床時間もバラバラなのに同じ部屋で仮眠をとるので、かなり気を遣いました。

それに加えてお酒を飲んでから眠る人も多かったので、イビキの被害に直面します。

そこで一部の駅には一般の仮眠室のほかにイビキ部屋というものがあり……

 

駅に侵入して寝泊まりする人と追い出す人

昔はよくホームの一角にある待合室で寝泊まりする人がいました。

そして私は駅事務室の内勤業務の際は、それらの人を追い出すという仕事をしていました。

待合室ではなく留置している電車内で寝泊まりを試みる人もおり、中にはパンタを上げて……

 

事故が起きても正確な情報は流れてこなかった

今は事故や故障などの異常があれば、利用者自らがSNSにその様子を投稿するので、何が起こったのかが瞬時に広まります。

ところが私が駅勤務をしていたころは、駅で働いている人間でさえ正確な情報が流れてくることが本当に少なかった。

そんな様子を書いています。

 

障害者割引は必要ですが

障害を持つ方が鉄道を利用する際には、条件がありますが半額で利用することができます。

バリアフリー化が完全に構築されるまでこの制度は必要だと思いますが、中には規則を捻じ曲げてでも自分の意見を押し通す人もいました。

もう40年以上昔の話ですが、この当時から駅員が対応を苦慮することも多かった……

 

駅員が寝坊すると

私は駅勤務時代に仮眠中の寝坊は一度もありませんでしたが、駅事務室勤務の同僚が寝坊した時は広範囲に影響が出ました。

その時の話です。

 

自動改札のない吹きさらしの臨時改札

初詣の時だけ混み合う駅があり、まだ交通系ICカードどころかストアードフェアシステム対応のカードも誕生していない時代だっため、臨時改札は自動改札も設置されなかった。

駅員が立って集改札を行うブース(結界)だけが作られ、吹きさらしの中立ち番を行いました。

 

昔のゴミの片づけは今ならお宝さがし?

鉄道の過去の備品類は高値で取引されることが多いのですが、昔は完全にゴミ扱い。

駅の柱に取り付けられていた駅名標や灰皿、改札で用いるハサミも、古くなったダイヤグラムや運転士用スタフ、運行標識版もすべてゴミ扱いで、倉庫に放り込まれた備品類を整理してはゴミとして捨てていましたし、運行標識版は邪魔だから持って帰れと言われるので仕方がなく持ち帰り、すべて友人に譲っていました。

鉄道のいろいろな話

あまり表には出てこない鉄道のいろいろな話を4話収めています。

 

駅のゴミ箱が減らされる本当の理由は

近年駅構内のゴミ箱がかなり減少しており、駅によってはすべてのゴミ箱を撤去した所も。

地下鉄サリン事件をきっかけに駅の防犯面からゴミ箱の減少や撤去の動きがありますが、本当のゴミ箱減少や撤去の理由は……

 

運転指令が最も恐れることとは

運転指令(輸送指令)で勤務していると「列車を遅らせたくはない、運休させたくはない、とにかく走らせたい」との感情を強く持ちます。

自身の経験や伝え聞いている昔の事象を優先してしまい、今起きている事象を過小評価する傾向があります。

あくまで私が勤務していた会社での話ですが、運転指令は利用者のほうを向かずに別の方向を向いていました。

それは運転指令が恐れる方向で……

 

遅れていることを知らせないサイレント遅延

遅延しているのにその事実を一切案内しないサイレント遅延ですが、そこには鉄道の現場で働く者と利用者との間で考え方のギャップが生じているから起こるものだと思います。

私自身3分程度の遅延で遅延状況を放送したことがありません。

 

女性乗務員がやってきた

私が鉄道会社に入社した1981年当時、鉄道の現業職に女性の新入社員が入社することはありませんでした。

今では女性も入社して車掌や運転士をする姿も珍しくはなくなりましたが、それでも駅員や乗務員に占める女性の割合は半分には程遠いのが現状です。

私が所属していた乗務区に女性が初めてやってきた時の状況や、女性乗務員に対する私の考えなどを書いています。

 

車掌だったころの話

車掌時代の思い出話のほか、車掌に対する思いなどを全部で9話収めています。

 

勉強しない車掌と教えない運転士

昔の車掌はある程度車両のことを知っていないと恥をかくことが多かった。

車掌として教習所で習う事項以外も知らないと、仕事にならない面もあったのです。

ところが今の車掌は勉強しなくても問題ないし、運転士も車掌に対して教える機会が非常に少なくなった。

 

乗車してくる犬と放し飼いにされる犬

犬嫌いな私は犬にまつわることが本当にイヤでした。

昔は街中にもよく野良犬がいて、気付いたら電車に勝手に乗っていることもありました。

それ以上に困るのが車内で放し飼いにされる犬でした。

 

トイレを我慢できないと申し出があると

私が乗務していた路線の電車は大半がロングシートの電車でトイレはありませんでした。

でも時折トイレに行きたいとの申し出があり困っていたのですが、基本的には次の駅で降りるように案内していました。

ところが私の同僚はお客さんからの強い申し出に根負けしたのか、信じられない方法でトイレをさせました。

 

昔の車掌に多かった眼内異物災害

眼内異物災害という言葉も知らない方がほとんどだと思います。

昔の車掌はこの眼内異物災害に見舞われることがあり、私が在籍していた乗務区では車掌の到着監視も禁止されるほど。

 

急病人が増加する春

春は新しい生活がスタートする季節ですが、それまでの生活リズムとは違っていたり、緊張や不安などから体調を崩す人が多く、列車内で体調を崩す急病人が増加する季節でもあります。

そこで車掌としてお願いしたいことをいくつか書いています。

 

空調を自由に操作できなかった

今の鉄道車両は空調を自動運転にして年中快適に乗車できるようになっているものが多いのですが、私が乗務員をしていたこと、冷房や暖房を車掌の判断で自由に操作することができませんでした。

物理的な理由もあるし、理不尽な理由によるものもあるし……

 

ドアが閉まらない原因あれこれ

車掌が何度となくドアを開け閉めしてみるものの、1ヶ所だけドアが閉まらないことがあります。

多いのはカバンなどが挟まっているためですが、他にはドア自体の故障もあるのですが、意外と多いのは……

 

装備されている便利な装置が使用禁止に

私が所属していた乗務区は本当に変わっていて、車両に装備されている便利な装置を使ってはいけないと指導されることが本当に多かった。

一部締切スイッチ(一部のドアをカット)や再開閉スイッチ、エアコンの急速暖房などなど

最近の車両ならば当たり前に装備されているこれらの装置を使用禁止にするその理由とは。

 

私がいた会社での車掌の存在価値は

私がいた会社というよりは、私が所属していた乗務区での話です。

車掌というものの存在価値やその意義について、疑問となることが多かったのですが……

 

運転士だったころの話

運転士時代の話のほか、運転士を辞めてから知ったことなどを合わせて9話収めています。

 

乗務員とタバコ

車掌になったころまでは全くタバコを吸わなかったのですが、運転士見習になる直前ころから喫煙者になり、すぐさまヘビースモーカーに。

自分で吸わなくても乗務区の休憩所や詰所のほか、とにかく出社すれば常にタバコの煙を吸い続ける環境でした。

お客さんには昔から禁煙をお願いしているのに、乗務員は車内で当たり前のようにタバコを吸い……

 

残圧停車ってなに?

残圧停車という言葉を知ったのは退職してしばらくしてから。

乗務職場で残圧停車という言葉を使う人は一人もいませんでした。

残圧停車と呼ばれているブレーキ操作について、私のような古い運転士が思うことを書いています。

 

階段緩め

階段緩めとは、ブレーキ投入時の減速度を一定にするためにブレーキを緩めるのですが、図にすると階段状に見えることから階段緩めと呼ばれています。

ただ現状では本来の階段緩めではないブレーキ操作を階段緩めと思っている方が多いので、年寄りの元運転士が少しばかり見解を書いています。

 

冬は地獄の寒さだった昔の乗務員室

乗務員室にもヒーターは設置されていますが、昔は小さなシーズ線ヒーターが一つだけでとにかくめちゃくちゃ寒かった。

時代は変わり温風式のヒーターなどが設置されるようになり、一時期は寒さから解放されたかのようでしたが、その後再び地獄の寒さに逆戻り。

現在では考えられない地獄の寒さだった乗務員室の話です。

 

運転士の忘れ物

時々ですが運転時計の携帯を忘れたとか、カギが無くて乗務員室に入ることができなかったなど、運転士が忘れ物をしたために遅延が発生したことが報じられます。

乗務場所交代時に運転時計やマスコンキー、忍び錠などを置き忘れることもあるし、詰所などに運転時計を落としてきたり。

運転士の忘れ物について書いています。

 

回生ブレーキが効かない

今は変電所側の工夫によって回生ブレーキがほぼ効かない事態はあまりないと思うのですが、昔はたびたび起きていました。

回生ブレーキが効かない時にはバックアップとして空気ブレーキが効くはずが、実際にはほとんどブレーキ力がない状態になって……

 

電車を駅に止める時の話

残圧停車に階段緩め、そして回生ブレーキが効かない話などを書いてきましたが、ここではもっと大きく電車を駅に止める時の話を書いています。

制動距離のことや見えない場所にある停止目標のこと、そして電車を止めるには技術論より気合のほうが大事?という話など。

 

車両の故障はいろいろと経験しました

4年間の車掌乗務、26年間の運転士乗務の間に一度も人身事故には遭遇しませんでしたが、車両の様々な故障には遭遇しました。

軽微な故障から大きな故障まで、故障の経験談を書いています。

 

福知山線脱線事故以降

JR西日本で2005年4月に発生した福知山線脱線事故。

この事故を境にして私がいた会社でも考え方が180度変わり、お客さんからの視線もかなり厳しくなりました。

もちろんそれが適正な方向へと進むきっかけであれば良いのですが、良いと思える部分もあるのですが大半はどこか間違った考えに支配され、その間違った方向へと突き進んでいる気もしなくはないのです。

 

おわりに

急速にキャッシュレスやチケットレスが進んだ鉄道業界ですが、その反面これまでのように誰もが手軽に利用できる鉄道から、現在の駅務機器やスマホのアプリを使いこなせない人にとっては利用しづらい、誰もが手軽には利用できない鉄道へと方向が変わった気がします。

また間違った安全に対する考え方が蔓延っている気もします。

別に列車の運行を止めなくても良いものを止めてみたり、止めなきゃいけない事態に対して運行を続けたり。

そこには鉄道の本当の使命であるはずの、お客さんを目的地に運ぶという意識さえ薄まっている気もします。

その辺りのことを「おわりに」書いています。

 

以上が「電車屋さんだったころの話 Ⅲ」の詳細な内容です。

私自身の考えもかなり多く記述したために、反感を持つ方もおられるかもしれません。

こういう考え方もあるのだなと思っていただければ幸いです。

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