電車屋さんだったころの話 | 師匠

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運転士

運転士の通過気笛と車掌の閉扉予告の手笛 上り下りで吹き方が違う

通過気笛・駅通過時の気笛合図 私が運転士になったのは1988年(昭和63年)で、その時にはすでに通過気笛は原則吹鳴しないことになっていました。 理由は近隣住民からの苦情です。 駅を通過する列車は規則によって気笛を吹鳴することになっていて、朝...
運転士

時計やスタフの置忘れとマスコンキーやハンドルの抜き取り忘れ

時計やスタフの置忘れ 列車を担当して終点に到着する。 交替ではなく乗務場所を代わって引き続き反対方面への列車を担当する場合。 当然ですが運転に必要な持ち物や備品類を持って乗務場所を替わるわけですが、たまにやってしまうのが時計やスタフなどの置...
運転士

南海で列車が通過する前に遮断機が上がって車と接触する事故が…

原因は枕木交換工事のミス 2月6日6時30分ごろ岸里玉出発 汐見橋行きの担当運転士が、西天下茶屋駅の手前30m付近にある踏切の遮断桿が上がったことに気付いて非常制動を入れるも、踏切待ちから発進した車と接触するという事故が発生。 原因は5日の...
運転士

レールもATSも…… とにかく車庫は本当に怖かった

曲線になっていないしレールは薄っぺらだし 私がいた会社だけかもしれませんが、とにかく車庫のレールはすり減っていてぺったんこで、遊間(レールとレールの隙間)は相当広く取られているし、曲線も本線路とはまったく違っていて、直線に近いレールを並べて...
助役や運転指令

新人監督職たちのための訓練は乗客にも乗務員にも大迷惑

助役の登用は年に2回あったから 私が勤務していた鉄道会社では、車掌や運転士の登用は試験の関係もあるので年に1回だけ実施されていましたが、助役以上の監督職や管理職の登用は春と秋の年に2回行われていました。 ちなみに助役登用は任命制で、他社に多...
著書の紹介

著書「ガタンゴトンな毎日-2 難儀な助役と先輩駅員」

「ガタンゴトンな毎日-2 難儀な助役と先輩駅員」 この作品も「ガタンゴトンな毎日-1 憂鬱な駅務見習」と同じく、まだ運転士をしていた頃にヒマつぶし程度に書き、少し手直ししては小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿していた作品ですが、手直しし...
著書の紹介

著書「ガタンゴトンな毎日-1 憂鬱な駅務見習」

「ガタンゴトンな毎日-1 憂鬱な駅務見習」 まだ運転士をしていた頃にヒマつぶし程度に書き、少し手直ししては小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿していた作品ですが、手直ししたはずがあまりにも拙文だったためにさらに手を加えて、何とか体裁を整え...
運転士

ドアを開けたまま電車が3m転がる 転動防止の重要性

5月8日 JR筑肥線の筑前前原駅で同駅発西唐津行き普通電車が、ドアを開けた状態で3mほど転がるトラブルがあった。 同駅はホームドア(稼働柵)も設置しているらしく、ドアが開いたまま3mも転がれば、車両とホームドアの位置がずれて挟まれる危険性も...
運転士

指導運転士や指導車掌って実在しない?

このブログや書籍では分かりやすいように、〝指導運転士〟とか〝指導車掌〟という表記をしてきました。 私が在籍していた会社では実際にはこのような呼ばれ方はしておらず、ただ単に〝指導員〟と呼ぶか、〝師匠〟と呼ぶことが普通でした。 旧国鉄では教導と...
著書の紹介

著書「電車屋さんだったころの話 Ⅰ」について

私の初めての著書「電車屋さんだったころの話 Ⅰ」の内容の紹介です。 当ブログのの記事からいくつか選び大幅に書き直した記事と、書籍用に新たに書き下ろした記事を合計31話収録しています。 駅員だったころの話、鉄道のいろいろな話、車掌だったころの...
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