応荷重装置
応荷重装置なんて言っても、鉄道が趣味の方か鉄道関係の方しか言葉を聞いたことがないでしょうね。
私は運転士になってから応荷重装置という言葉を知りましたが、それまでは全く知りませんでしたから。
簡単に言えば、各車両に乗車しているお客さん全体の重さに応じて、電車の加速力やブレーキ力を調整する装置です。
たくさんのお客さんが乗車すれば当然重くなり、閑散時と同じ電流をモーターに流して電車を動かそうとしても、当然ですが閑散時ほどの加速力は得られません。
また閑散持と同じ強さでブレーキを掛けたとしても、たくさん乗車されていて重い状態だといつも通りには減速できません。
所定の場所までに速度が落ち切らず速度超過になったり、所定の停止位置に止められない可能歳がかなり高くなります。
なのでお客さんの人数・重さに対して、自動的に加速力やブレーキ力を調整する装置が取り付けられていて、これを応荷重装置と呼んでいます。
空気バネと金属バネ
例えばノッチを入れて走行している時、閑散時はアンメーター(電流計)が400Aを指すとします。
ところがぎゅうぎゅう詰めの状態で普段と同じ400Aしか電流が流れなければ、モーターはその重みに負けてしまって著しく加速が悪くなります。
そこで応荷重装置によってぎゅうぎゅう詰めの状態の時には600Aの電流がモーターに流れ、普段と遜色がない加速を得られるようにしています。
ブレーキも同様で、閑散持は5ステップ(ノッチ)を入れた場合にBC(ブレーキシリンダー)圧力が300KPa入るとします。
ぎゅうぎゅう詰めで重たくなった電車を閑散時と同じ制動距離とブレーキ段数で止めるには、5ステップ(ノッチ)を入れた場合にはBC圧力が500KPaに応荷重装置によって自動的に増加させています。
※数値はあくまで例です
最近の電車の台車は大半が空気バネ(エアサス)です。
空気バネの場合にはリアルタイムの荷重の変化をとらえて、かなり正確に応荷重装置に反映されます。
お客さんがたくさん乗車した場合には車体が沈み込まないように、車高を一定に保つために空気バネに空気を追加で送り込みます。
この時の空気圧をもとに応荷重装置が働きますので、走行中に重量が変化しても応荷重装置も追随できます。
ところが金属バネ台車の場合には空気バネとは違い、ドアが閉まった時点の荷重によって応荷重装置を動作させます。
言ってみれば測定量を固定させているわけですね。
私が運転した金属バネ台車の車両の場合、ドアが閉まってしばらくすると〝ガタン〟っていう音がして測定量を固定し、ドアが開いた瞬間に“ゴン”っていう音がして測定量をクリア(?)している感じでした。
※音は床下から聞こえてくるのですが、ドアの開閉とほぼ同時だからドアの開閉に伴う音のように思われているかも…
車体から台車のほうへと棒のようなものが伸びていて、金属バネの縮み具合によってその棒の角度が決まります。
その角度によって応荷重装置が働くという感じでした。
ドアが閉まり金属の棒が台車に接する時の音が〝ガタン〟という音で、応荷重装置の動作が固定。
そしてドアが開いた瞬間に台車から車体へと金属の棒が戻ることで“ゴン”という音を発して、応荷重装置の設定がクリアされる感じかな。
※あの金属の棒のようなものの名前が思い出せない……。
そういえば国鉄の103系はドアを閉めるほんの前に〝チッ〟って音がしてからドアが閉まっていましたよね。
聞いたところではあの〝チッ〟という音が、私が経験してきた〝ガタン〟っていう音に相当していたらしいです。
103系は車掌スイッチを「閉」にした瞬間の測定量を固定していたらしい。
のちにドアが閉まってからの測定値に変えたために、ドアが閉まってから〝チッ〟っていう音が聞こえるようになったとか。
それとラッシュなどで一部のドアだけが閉まっていない状態の時に、車掌スイッチで瞬間的に開閉を行うと応荷重装置がクリアされてしまい、次の駅まで応荷重装置が働かない状態になっていたとか。
再開扉したことを車掌が運転士へブザー合図を送り、応荷重装置が働いていないことを知らせていたとか。
その点私が担当したことがある金属バネの車両は、再開扉するたびに応荷重装置のクリアと設定を行っていたから、はるかにマシだったんだなあと思ってみたり。
応荷重装置のおかげで運転しやすい…
ノッチを入れている時には電流量を上げて加速しやすくし、ブレーキ時にはブレーキシリンダーの圧力のほか電制時には発電量を増加させてブレーキ力を確保する。
実際にこういうことなのですが、満員の電車で閑散持と同じブレーキの入れ方なんて私はしていなかったし、ノッチだって閑散時とは変えていました。
車内が空いていればほとんど方は着席しているので、一気にブレーキをかけたところでそれほど衝動は感じないですし、ノッチだって一気にフルノッチに入れるのも特に気にすることはありません。
応荷重装置によって超満員の時に減速も加速も閑散持と同じようにできるわけですが、だからと言って同じように操作すると車内で将棋倒しが起きるリスクが本当に高くなります。
結局はラッシュ帯においてはブレーキは徐々に入れるし、ノッチも刻んで入れて衝動を抑えることのほうが多かったです。
それでも私が運転士をしていた終盤の頃(2010年以降)には、運転士になった頃(1980年代末)と比べて明らかにラッシュ時間帯でも空いていましたし、ラッシュ時間帯でもあまり気にせずにノッチを入れられたしブレーキも掛けていましたから、この頃になってようやく応荷重装置をありがたく使っていたのかなと思います。
ただし応荷重装置だけのせいではありませんが、ラッシュ帯の電車の加速は本当に悪かった。
閑散時ならば勾配を上り切った所で90キロは出ているからノッチオフできるのに、ラッシュ時間帯は同じ場所に差し掛かっても80キロも出ていない、なんてことはごく普通に起きていましたから、どこまで応荷重装置って役に立っていたのって思いながら運転することも多かったです。
古い電車で走行中に旅客全員が隣の車両へ移動すると
これは運転士見習時代に教習所で聞いた話です。
ある駅で1車両にだけ集中して200人が乗車し、隣の車両は空車だった。
電車が動き出してから200人全員が隣の車両へと移動すると、空気バネの車両の場合、走行中の変化にも対応して応荷重装置が働くために運転士にはあまり影響がない。
ところが金属バネの車両の場合、ドアが閉まれば応荷重装置は荷重の変化には対応できません。
なので電車が動き出してから200人全員が隣の車両へ移動すると、片方の車両は空っぽなのにBC圧力が上がり異常なブレーキの効き方をする。
200人が移動してきた車両は応荷重装置はカラだと測定しているのに実際にはぎゅうぎゅう詰めで、BC圧力も普段のままだから制動力が全く足りなくなる。
まともに運転なんかできなくなるから、電車が動き出してから車両を移るのはやめるように…
なんて話を聞きました。
実際にそんなことを試すような人はいないと思いまいますし、今は金属バネ台車を履いた車両もかなり減ってきていますから実現も困難でしょうね。
ただ私が運転士見習の頃って、私が在籍していた会社には自動ブレーキの車両はすでになかったものの、金属バネを履いた電磁直通ブレーキなんてゴロゴロいましたから、やろうと思えばできたんですよね。
訓練でこんなことを提案して実際にやってみれば面白かったかも、なんて今になって思ったりしています。