早いですね、もう14年にもなるのです。
私は所用で脱線事故の前日に尼崎と伊丹の間で福知山線を利用しました。
あの時に感じたのは
カーブへの進入速度は上下線ともに制限速度より速かった。
※速度計を見たわけではありませんが、運転士をしていると速度って分かるものなのです。
そして最後部の車両がまだ曲線から抜けていないのにノッチを入れていました。
行き帰りともに最後部に乗車していた私は、そこそこの衝動を感じていました。
おそらく普段から大半の運転士が、同じような運転をしていたのではないか。
あの事故の後そんなことを思いました。
ただ違っていたのは、脱線を起こすまでの速度を出していなかっただけ。
実は昨日久々に福知山線を利用しました。
大阪から三田まで。
あの事故現場では行き帰りともにかなり速度を落としていました。
おそらく60㎞/hも出ていません。
今は60㎞/hを超えてあのカーブに差し掛かるとATSブレーキが動作して停車しちゃうのだったかな。
電車が突っ込んだマンションは「祈りの杜 福知山線列車事故現場」として整備され、慰霊式の準備が進められていました。
平成の時代になって、まさかあんな事故が起きるとは思いもしませんでした。
速度超過が事故の直接の原因だということは分かっています。
でもその背後には運転士の焦りや平常心の欠如、会社からのプレッシャーなど今となっては真相にたどり着くことはできません。
多くの命を預かって運転するのが運転士です。
だからそれに対するプレッシャーは感じ続ける必要はあります。
でも焦りを生んだり平常心を欠如させる心理状態にしてしまう会社からのプレッシャーは排除しなければいけない。
少なくともJR西日本はその失敗を糧として、不必要なプレッシャーをかけることはしていないと思う(←願望を含む)
でもその他の鉄道会社は対岸の火事として見ているだけじゃないのかな。
それどころか、事故以降は逆に多大なプレッシャーを運転士に背負わせて仕事させている会社もある。
表面化するようなミスには発展していないだけ。
大きな事故やミスには至らないが、その分プレッシャーに押しつぶされて精神的な病に侵される運転士が多数いる。
私は運転士を辞めて5年になるが、時折乗務区の様子を聞くたびに、私が現役の時より会社が運転士に背負わせるプレッシャーが重くなっているように感じる。
事故そのものを見れば、今後決して起こしてはならない重大な事故だったと思う。
それと同時に各鉄道会社の上層部は
事故を起こさずに済むような監督指導のやりかたと、過重なプレッシャーを与えないように、もっと真剣に取り組んでもらいたい。
ATSなどの保安装置だけ備えれば良いのではない。
運転士を機械のように扱っていれば
第二第三の同規模の事故につながる恐れがあることを、もっともっと感じてもらいたい。
どんなに素晴らしい保安装置を設置したところで、針の穴くらいの抜け道は必ずあり完璧に防御はできないものです。
会社が与える運転士へのプレッシャーと、その針の穴とが合致したとき
もっと恐ろしい事故に発展してもおかしくないのです。