私は23時過ぎに起点駅を出発する優等列車を担当していました。
車内はお酒が入った旅客でかなり混雑していました。
起点駅は駆け込みなどがあり30秒ほど遅れて出発。
バブルの頃なんて23時以降の列車を30秒遅れで出発させられたら大したもの、1分くらい遅れることなんてざらにありました。
ただこの時はバブルなんて遠い過去の話で、30秒も遅れて出発することが珍しくなっていた時代です。
その後は快調に飛ばして回復し、定時で運転を続けていました。
〇〇駅を定時で通過した直後に、運転指令から無線が入りました。
「〇〇駅を通過した××××列車、△△駅の場内信号機の手前で停止してください」
この無線が何度か繰り返されました。
私が担当している列車に対してですが、昔は走行中に運転士が列車無線の操作をすることが禁じられていたので、私はただ聞き流すだけでした。
△△駅の第1場内信号機はGY(青黄)を現示してり、本当は65km/h以下で進入できるのですが運転指令の指示があったために停止。
私はてっきりホームから旅客が軌道内へ転落したために、救助のための抑止だと思っていました。
「××××列車 運転士ですが、指示通りに△△駅場内信号機外方に停車しております」
「××××列車運転士、指示があるまでそのまま停止しておいてください」
運転指令からこのように言われたので、仕方がなく停車することに。
車掌には車内へ放送するようにお願いしたのですが、なぜ停車する必要があるのかが分からないため車掌は
「現在××××駅に入場することができない状態になっています、運転再開までしばらくお待ちください」
とうまく機転を利かせて放送してくれました。
5分ほど止まったのちに
「××××列車運転士、所定の停止位置まで進行してください」
この指示に従って停止目標まで電車を移動させました。
駅に着いたら駅の係員が理由を話しに来るのかと思ったのですが誰も来ておらず、結局なぜ停車させられたのかが分からないまま交代の駅まで運転しました。
休憩所へ戻ると乗務区の助役数人がわたしと車掌のもとへやってきて
「ごめんな、長い間抑止をかけて。てっきり旅客が落下したものだと思っていたんやけど・・・」
と1人の助役が話しかけてきました。
「違うの?酔っ払いが軌道内へ落下したものだと思ったのだけど」
「実は・・・」
この△△駅は場内信号機を踏み込むと、駅の前方にある踏切が動作します。
つまりは警報が鳴って遮断桿が降りてくるわけです。
この△△駅は支線との乗換駅で、このとき支線の列車の到着が相当遅れる見込みだった。
私が担当している列車を駅に停車させて連絡待ちでも良かったのだけど、そうすると駅前方の踏切が閉まりっぱなしになる。
そこで場内信号機の外方で抑止させて、踏切を長時間閉め切りにすることなく遅れている支線の列車と連絡させようと運転指令が考えたようでした。
しかし私が担当する列車に乗車していた旅客の中には、この△△駅で降りる旅客が多数いました。
なんと運転指令は支線の到着列車にばかり気を取られていて、この駅で降りる人のことをすっかり忘れていたようでした。
目の前に降りる駅があるのに降りられなかった旅客の一部は、駅係員のもとへ説明を求めに詰め掛けて大変な騒ぎに。
ちなみに遅れていた支線の列車から私が担当する列車への乗り換え客は数人。
たった数人のために大多数の旅客に迷惑をかけてしまう珍事となったのでした。