師匠

運転士

JR九州 指導運転士が吐き気で席を離れ運転士見習が単独で運転

先日新幹線で腹痛のために運転士が運転席を離れ、動力車操縦者免許を持たない車掌を助士席に座らせて運行していたことが発覚したばかりですが、今度はJR九州での事案です。 運転士見習の操縦の指導を行っていた指導運転士(教導とか師匠)が吐き気を...
運転士

そろそろ新人運転士が担当を始めるころかな

地域によって違うのか、会社によって違うのかは定かではありませんが、私が勤務していた会社ではそろそろ新人運転士が独車(一人)で列車を担当しだすころです。 運転士見習として11月の末頃から指導員(教導・師匠)と一緒に乗務員室に入り運転技術...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-5

私が運転士見習だったのはもう30年以上昔のこと。 その当時の指導員(師匠)の中には厳しいというのを通り越して、いまならばパワハラだと訴えられてもおかしくないような言動をする指導員も数多く存在しました。 「アホか!そんなところでブ...
車掌

私が車掌の見習だったころ-4

あまり報道されなくなったためか、保安設備が整ったためか、それとも運転中の意識の集中が高まったためかなのか。 過走(いわゆるオーバーラン)に関する報道が一時期のことを思うと少なくなっているように思います。 私が車掌の時代は過走なん...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-4

ネットのニュースでこんな記事を見つけました。 「見習い」指導する立場の運転士、特急乗務中にウトウト…乗客から指摘 運転士の見習に操縦方法を教えるなど指導する立場にある指導運転士が、見習が運転する横でウトウトしてしまったという記事...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-3

前回の記事で、私が所属していた乗務では交番表や仕業表を乗務員が勝手に変えていた話をしました。 勝手に変えて自分が好きな路線ばかり乗務することが当たり前のような環境だったのです。 特定の支線ばかり乗務していた運転士はよく 「...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-2

私はいまでは一切タバコを吸わなくなりましたが、10数年前までは1日に1箱以上は吸っていたから少し吸い過ぎだったかな。 運転士の見習だった20代の頃はホントによく吸っていました。 また指導員(以下 師匠と書きます)もよくタバコを吸う人だっ...
車掌

私が車掌の見習だったころ-3

私が所属していた乗務区には、食べるスペースである食堂はあったものの、その場で食べ物の提供はありませんでした。 他社の方に話を聞くと、多くの乗務区内には社員食堂があって定食などが提供されていたといいますから、私が所属していた乗務区ってあまり...
車掌

私が車掌の見習だったころ-2

私が車掌の見習だったのは昭和50年代ですが、いま思えば本当に無茶苦茶でした。 乗務員がホームで交代する仕業の時、ふつうは列車の到着する前に所定の位置にいなければいけません。 ところが一部の乗務員は、列車の出発に間に合えば良いという感覚で...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-1

私が運転士の見習だったのは昭和62年から昭和63年にかけて。 ホントに昭和の末期でした。 今回は指導運転士(教導という社局が多いのかな? このブログでは以下 師匠と記します)からの指示がほぼ無くなった、実務見習の後半の頃の話をしてい...
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