師匠

車掌

私が車掌の見習だったころ-4

あまり報道されなくなったためか、保安設備が整ったためか、それとも運転中の意識の集中が高まったためかなのか。 過走(いわゆるオーバーラン)に関する報道が一時期のことを思うと少なくなっているように思います。 私が車掌の時代は過走なん...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-4

ネットのニュースでこんな記事を見つけました。 「見習い」指導する立場の運転士、特急乗務中にウトウト…乗客から指摘 運転士の見習に操縦方法を教えるなど指導する立場にある指導運転士が、見習が運転する横でウトウトしてしまったという記事...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-3

前回の記事で、私が所属していた乗務では交番表や仕業表を乗務員が勝手に変えていた話をしました。 勝手に変えて自分が好きな路線ばかり乗務することが当たり前のような環境だったのです。 特定の支線ばかり乗務していた運転士はよく 「...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-2

私はいまでは一切タバコを吸わなくなりましたが、10数年前までは1日に1箱以上は吸っていたから少し吸い過ぎだったかな。 運転士の見習だった20代の頃はホントによく吸っていました。 また指導員(以下 師匠と書きます)もよくタバコを吸う人だっ...
車掌

私が車掌の見習だったころ-3

私が所属していた乗務区には、食べるスペースである食堂はあったものの、その場で食べ物の提供はありませんでした。 他社の方に話を聞くと、多くの乗務区内には社員食堂があって定食などが提供されていたといいますから、私が所属していた乗務区ってあまり...
車掌

私が車掌の見習だったころ-2

私が車掌の見習だったのは昭和50年代ですが、いま思えば本当に無茶苦茶でした。 乗務員がホームで交代する仕業の時、ふつうは列車の到着する前に所定の位置にいなければいけません。 ところが一部の乗務員は、列車の出発に間に合えば良いという感覚で...
運転士

私が運転士の見習だったころのはなし-1

私が運転士の見習だったのは昭和62年から昭和63年にかけて。 ホントに昭和の末期でした。 今回は指導運転士(教導という社局が多いのかな? このブログでは以下 師匠と記します)からの指示がほぼ無くなった、実務見習の後半の頃の話をしてい...
車掌

私が車掌の見習だったころ

私が車掌の見習をしていたのは昭和50年代の後半。 車掌の指導員(師匠)の中には車掌経験6~7年くらいの方もいましたが、大半の方は20年以上車掌をしている方ばかり。 マジで厳しかったです。 停車位置を確認して車掌スイッチを開にする(ドア...
運転士

本務運転士になった初日の乗務

操縦試験をパスして運転士見習が終わると、いよいよ師匠が横についての運転から単独での乗務になります。 独車といった言い方をする会社もあるようですが、私が所属していた会社では“本務”という言い方をしていました。 私が運転士の本務となった...
運転士

運転が下手な運転士が増えている気がする

このところ用事で電車に乗る機会が多くなっているのですが、どうにも乗り心地が悪いと感じることが多くなってます。 私が勤務していた会社もそうだし、他の私鉄でもそう。 昔の運転士はここまで酷い運転はしなかったのにって、正直言って質の低下が感じ...
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