伝説の運転士-1

私が所属していた乗務区には、数々の伝説の運転士の話がありました。

私が運転士になった以降に伝説を作った運転士もいます。

そんな数多くの伝説の運転士の中からお話を紹介してまいります。

 

本当に伝説として伝え聞いた運転士

かなり昔の話で、私も伝え聞いたものではあるのですが。

優等列車を終点の駅に留置して勤務終了となるシフトがありました。
留置作業は、お客さんを降ろしてからパンタを下げて蓄電池をすべて切ってハンスコ(手歯止)を施行した後、ブレーキ弁ハンドルなどを所定の場所に保管して終了となります。
正確な時間は忘れましたが、終点の到着時間は22時20分とします。

 

ある運転士はそのシフトを好んで乗務しており、留置のあと省線(国鉄・現在のJR)に乗って帰宅する方です。
※留置した駅から直帰です。
家がやや遠くにある方で、省線の発車時間は次は22時50分だったそうです。
ダイヤ通りならば22時20分に到着後、留置作業を行って退勤ですから22時50分の電車ならば、余裕があってちょうどよい乗り換え時間です。
でもできるだけ家に早く帰りたいその運転士は、その方の家の方へ行く22時50分の1本前の電車、22時20分に乗車して帰るのが日課でした。

 

保安装置のない電車を・・・

22時20分に到着してから留置作業を行っていれば、どうあがいたところで22時20分の他社の電車に乗車できるわけがありません。
その運転士は速度を出せるだけ出して、とにかく飛ばしまくって早着させていたのです。
まだATSが設置されておらず好きなだけスピードは出せましたが、その反面なんの保安装置もない状態の電車です。
それも夜間の真っ暗な中を毎晩ぶっ飛ばしていたのです。

 

昔の重たい車体だからできたのかも

その運転士と乗務したことがある、私よりかなり年上の車掌さんが言っていましたが、昼間でも信じられない様な飛ばし方をしていた。
最近の電車はアルミやステンレスで軽いし、エアコンが天井に載ってバランスが悪いから、その頃のように飛ばしていたらひっくり返ると思うが、その当時の古い鉄の塊のような電車だからできたのだよ。
ATSが積まれだしてからも、その運転士は邪魔だといってATSを切って走っていた。
乗務(車掌)をしていてふと後ろを振り返ると、その運転士が運転する電車がめちゃくちゃ接近していてぶつかると思った。

 

いまじゃ考えらえないような運転士ですが、昔はこんな方がたくさんいたようです。

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