私が車掌の見習だったころ

私が車掌の見習をしていたのは昭和50年代の後半。
車掌の指導員(師匠)の中には車掌経験6~7年くらいの方もいましたが、大半の方は20年以上車掌をしている方ばかり。
マジで厳しかったです。
停車位置を確認して車掌スイッチを開にする(ドアを開ける)のは今でも同じですが、そのあとの動作が今では考えられないことをさせられていました。
車掌の見習は乗務員室の側開き戸を開けてホームに降り立ち
「この電車は〇〇行きです!」
ってマイクも使わず地声で言っていたんですよ。
5~6両もある編成なのに、地声で先頭車から乗車するお客さんにも聞こえるように案内しろ!ってなってましたからね。
今ならば駅の自動放送で種別や行先が放送されるのですが、これを車掌の見習だけが各駅で地声でやってたんですよ。

 

 

あとは車内巡回(車内巡視)を各駅停車でもやらされていました。
それも各駅間すべてで行うのです。
駅間が短いところが多く、2両も車内を歩いていくと駅の停車までに乗務員室に戻ってこれないので、最後部の車両だけ駅を出発するたびに車掌がウロウロ。
見習中は何度お客さんに
「鬱陶しいから何度も歩いてくるな!」
って怒鳴られたことか。

そのことを乗務員室に戻って師匠に言っても
「それがどうした?車内巡視は車掌の仕事やろ!」
その一言で終了。
イヤだなぁと思いながらまた客室へ入っていくのだけど、さっき怒鳴ってきたお客さんの手前でUターンして乗務員室に戻ってくる。
すると今度は
「まだ先まで歩けたやろ!なんで途中で戻ってくるねん!」
もうねぇ、いじめですよ。。。

 

 

そうかと思えば、師匠が始発駅で後部の乗務員室(車掌が乗務する側)のATSスイッチを黙って入れたりするんですよ。
必死にドアを閉めて運転士に合図を送って出発監視をしていると、急にATSの警報音が鳴ってブレーキがかかって緊急停止。
「さぁ、何が原因で列車が止まったのかを調べて処置してね」
って師匠がニターってしながら言うんです。
車掌の見習がATSが動作したことなんて分かるはずもなく、どんどん列車が遅れていくんですよ。
ATSの警報音なんて聞いたこともないし、そもそもATSのスイッチの場所なんて知らないし習ってもいないし。

結局私は何も分からないから師匠がATSのスイッチを切って出発したのですが、乗務区に戻ってから師匠に引っ張られて運転士のもとへ行き
「こいつ何も知りませんねん、早よ謝れ!」
私は運転士に頭を下げさせられましたよ。
運転士はニタニタしていたから、毎度のことだと事情が分かっていたのでしょうね。

他にもいっぱいあったなぁ、車掌見習の時のエピソード。
ホントに昭和って感じがするでしょ?

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