JR福知山線脱線事故

2005年4月25日

今から13年前の2005年4月25日、JR福知山線の塚口と尼崎の間で発生した脱線事故。
死者107名、負傷者562名という大惨事で、現在の日本の鉄道でこれほどの鉄道事故が起きることを想像した人はいないのではないでしょうか。
事故原因はマスコミなどによってさまざまな要因が挙げられましたが、実際のところ本当の理由は誰にも分からないと思います。

 

速度の大幅な超過が主因

直接の原因は制限速度70km/hの曲線半径が300mのカーブに116km/hの速度で進入したことです。
曲線半径が300mのカーブは私が所属していた会社でも少なくないので思うのですが、90km/h以上で突っ込んだらかなり怖いだろうなと思いましたよ。
もし速度オーバーで入るにしても、私なら10km/hオーバーの80km/hまでだなと自分で運転しながら思いました。

 

制限速度の倍までは大丈夫?

でも昔の運転士からよく聞いた話なのですが、曲線やポイントの制限速度は倍まで出しても大丈夫だというもの。
この話は本当によく耳にしました。
でも昔の電車と違って今の電車は車体が軽すぎるし車体全体のバランスが悪いから、目一杯出しても制限速度の50%増しまでだろうとも言っていました。
70km/hの制限ならば目一杯出しても105km/hが限界だろうというのです。
だからって本当にこんな速度でカーブに突っ込む人なんて、私が車掌になった以降にはいませんでした。
現場の運転士の間では、こんなことがよく言われていたものです。

 

日勤教育はJRだけじゃない

日勤教育に関しての報道が盛んにされていました。
ただの精神論だとか、教育的要素は全くなく懲罰にすぎないとか。
でも私が所属していた乗務区でも(私はJR出身ではありません)教育的要素なんて全くない、ただの見せしめ的な教育というものが行われていましたからね。
それもこの脱線事故以降は特にひどくなってたし・・・

 

JRの人員構成には穴が空いている年代が

旧国鉄は赤字に苦しみ、1982年の採用を最後に新規採用を凍結しました。
私が某鉄道会社に入社したのは1981年なので、国鉄に入ろうと思えば入れたかもしれません。
でも国鉄の赤字の話や国鉄を解体して民営化する話が連日報道されていて、とてもではないですが入ろうとは思えませんでした。
この採用停止がJRにとっては痛かったのだろうと思うのです。
福知山線脱線事故当時のJRの現場の乗務員などには、JR化後に入社した若い年代から40代後半までの人がいないために、おそらく技術の伝承がうまくできなかったのでしょう。
もちろんロクでもないことを伝承することもありますが、教科書には載っていないさまざまな対処法を伝えることができなかったのかなと思います。
また日勤教育と呼ばれるものだって、ベテランの乗務員がもっといれば多少なりとも変わっていたはずです。
現に私が所属していた乗務区では、教育と称して会議室などに長期間監禁状態となった乗務員がいた場合、ベテラン勢を先頭に管理職に対して抗議活動を行うことが多々ありましたから。

 

保安装置は必要だけど、今は頼りすぎている

曲線部にATSが設置されていれば助かっていたはずとの報道もありました。
あとになって考えればそうかもしれません。
でも運転士の立場からすると、ATSをはじめさまざまな保安装置がどんどん増えていくことを歓迎する運転士は少ないです。
万が一を考えれば保安装置の拡充は良いことです。
でも最近の運転士によくみられる保安装置に頼りっきりの運転士、保安装置がなければ怖くて運転できない運転士の量産につながることも事実としてあります。
保安装置が故障して正常に作動しないとき、一体どうするんだって思ってしまうこともあります。
また保安装置が誤作動して、運転士に本来は非がないのに精神的に追い詰められることも現実に起こっています。

 

しかし、こんな大惨事を引き起こす原因が運転士なわけですから
運転士の暴走を食い止めるための保安装置の導入は必要でしょう。
そして運転士が暴走しないようにするため、会社が(所属部署の長が)乗務員を精神的に追い詰めるような行為をしないように、その会社の努力と監督官庁の指導は必要だと思います。

 

日常的に速度オーバーしていたのだと思う

2005年4月24日に私は所用のために尼崎と伊丹の間を乗車しました。
私が乗車した列車は行き帰りとも、あの脱線したカーブの進入速度はやや高めでした。
※当時は現役の運転士ですので速度計なんて見なくても速度が分かるのです
そしてカーブを抜け切る前にノッチを入れて、かなり速い速度で通過していきました。
翌日、脱線したことは乗務中の列車無線で知りました。
乗務区に戻ってテレビを観て脱線した場所を知りました。
あの速度制限をオーバーして通過していたカーブです。
相当無理なダイヤが原因で、あのカーブは速度制限をオーバーして通過するのが常だったのでは、今でも私はそう思います。

 

かなり支離滅裂な文章になりましたが
いまの時点で思うことを書き綴ってみました。

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