私が車掌の見習だったころ-2

私が車掌の見習だったのは昭和50年代ですが、いま思えば本当に無茶苦茶でした。
乗務員がホームで交代する仕業の時、ふつうは列車の到着する前に所定の位置にいなければいけません。
ところが一部の乗務員は、列車の出発に間に合えば良いという感覚で仕事していました。
※いちおう一部の乗務員と書きましたが・・・

 

車掌の見習として乗務させてもらっている身ですし、本当は指導員(師匠)と行動を共にするのが原則です。
だからと言って列車到着前に所定の交代位置へ赴くっていうのが原則となっているので
「師匠、そろそろ交代の時間です!」

みたいな感じで師匠にお願いに上がると
「まだ時間あるやないか!勝手に一人で行ってこい!」
と毎回言われるんですよ。

そして師匠の周りにいるベテランの乗務員たちにも一斉に
「こんな早く行って何するの?」
みたいに毎回茶化されるのもお決まりでして、いつも見習である私一人が乗務交代に向かっていました。

ちなみに師匠は出発時刻の直前にならないと現われはしませんでした。

 

 

「なんや?見習一人か?」

交代する車掌に必ず言われるんですよね。
いちおう交代する際の引継ぎ事項っていうのが決まっているのですが、交代する車掌が告げてくるのは
「上等!」
この一言。

こちらから交代の時に告げる文言も色々とあるのですが、見習中にホーム上で言えたのは数回しかない。
それも言えたときっていうのはすべて、交代する乗務員も見習がいる時だけ。

車掌の見習って私が所属していた会社では現場実習は1か月間なのですが、気持ちの上では数年間くらい見習についていたようでした。
もうねぇ、ホントに嫌でしたよ、会社へ行くのが・・・

 

 

苦痛に感じていたのは私だけではなく、一緒に車掌見習として現場実習についていた多くの仲間も同じように思っていました。

「本務になったらあんなヤツ(師匠)とは口も利くか!」

「会社という括りがあって、先輩後輩以上の師匠と見習という立場やから我慢してるけど、ホンマやったら殴り倒してるぞ」

こんなセリフを言う人も多かったですよ。
でも割と年をとっている見習はそうでもなく、本務になった途端に師匠クラスが座っている所へ割って入っていましたからね。

そういえば車掌の見習がすべて終わり、本社へ行って辞令を受け取るときに会議室で倒れてしまった人もいました。
マジで車掌の見習中はしごかれましたからね。

私の年代くらいが車掌の見習をつける師匠になったころから、ホントに雰囲気が変わりました。
見習と一緒に師匠も交代のために列車到着前に乗務区や休憩所を出るようになったし、昔からいる一部の車掌を除いて交代時には所定の引継ぎ事項をきちんと申告するようにもなったし。
駅に到着した際にホームに出て、行先やら列車種別を大声で叫ぶなんてことも一切なくなりましたしね。

運転士見習での現場実習は4か月ほどあるのですが、車掌見習の1か月のほうがやっぱりイヤだったなぁ。

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