スイカのあった駅

私が駅勤務をしていたのは昭和50年代の中ごろでした。
勤務していた駅を今たずねてみると高架になっている駅もありますし、橋上駅舎になった駅もあります。
エスカレーターやエレベーターはもちろん設置しているし、勤務している駅員に目をやっても、私が勤務していたころよりスマートな印象を受けます。

私が所属していた駅管区内でエレベーターやエスカレータの設置があった駅はあの当時は1駅だけでした。
ただし地平の駅が多く、改札からホームへと続く階段の段数は少なかったし、駅によってはスロープ状になっているところもありました。
でも自動改札や券売機は設置済みだったので、昔の駅勤務って意外とのんびりしていました。

 

 

まだICカードで乗車する時代が来るだなんて誰も想像していなかった昭和50年代の中ごろ、ある駅にはスイカがありました。
15時ごろのおやつの時間や、夕食後に出されることが多かったかな。

昔ながらの詰所があって、古びた看板には〇〇駅長室と書かれていました。
この駅に駅長が存在したことは無かったのですが、なぜだか助役室とは書かずに駅長室となっていました。
この詰所の裏には広い空き地(会社の敷地です)があって、この駅に勤務する首席助役が夏にはスイカのほかナス、キュウリ、トマトといった夏野菜を栽培していたのです。

そういえばこの駅のシフトに入ったら、お昼ご飯は冷やし中華なども作ってもらっていましたね。
地元産のキュウリやトマトを使って(笑)

 

 

この駅の駅員は基本的にサンダルを履いて勤務していました。
首席助役はサンダルではなく雪駄や下駄でしたが。
夏は首にタオルをかけて、そんなスタイルで改札口に立っていたんですよ。
私もこの駅で勤務する時はサンダル履きで首をタオルをかけて・・・駅員の姿には見えないですよね。

首席助役は改札口に立つことはなく、夏は麦わら帽子をかぶって詰所裏の空き地で野菜の世話をしていたような。
もちろん詰所の方で事務仕事も行っていましたが
「今から1時間は電話してくるな!」
って駅長所在駅へ電話することもよくありました。

お昼寝する時間もいるし、夜になれば見たい時代劇もあったようですからね。

その駅の周辺は自治体による道路の整備のほか、道路との立体交差化のために駅も一緒に高架化されました。
スイカを作っていた空き地だった場所には、今はビルが建っています。
今その駅で勤務する人たちは、本当にスマートに見えますよ。

まさか勤務している駅で昔はスイカを作っていただなんて、今の駅員には想像できないことでしょうね。

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