地下鉄サリン事件
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地下鉄サリン事件

23年前の無差別テロ事件

1995年(平成7年)3月20日に東京メトロ(当時は帝都高速度交通営団・営団地下鉄)の丸ノ内線・日比谷線・千代田線の車内で、オウム真理教による無差別テロが起こりました。
化学兵器でもある神経ガスのサリンがまかれ、13人が死亡し6000人以上の負傷者が出ました。

 

私には対応の仕方が分からない

当時私は運転士をしており、また阪神淡路大震災から2か月しか経過していないこの時期に無差別テロが起きたことで、マジでこの先日本はどうなっていくのだろうとかなりの不安を感じました。
そして、もし自分が乗務している車内でサリンがまかれたら、自分はどのような行動を取ればよいのか。
どうやって旅客を避難誘導させれば良いのか、この時は本当にその答えが見つけ出せず悩んでもいました。

 

関西では許せないイタズラが多かった

この時に会社から出た指示は
「終端駅では車内を巡回して不審物の発見に努めるように」

地下鉄サリン事件ではサリンをビニール袋に入れて、傘で突いて穴を開けて逃走するという方法がとられたのですが、終端駅で車内に入るとお客さんに呼び止められて
「あそこに大きな黒いごみ袋があるので撤去してください」
という要請が私だけでも2~3回はありました。いたずらなのでしょうが、さすがにシャレになりませんよ。
それもわざわざ黒いごみ袋を大きく膨らませた状態で車内の隅っこに置き、大勢の人に恐怖心をまき散らしているのですから。
さすがに怖くて一人では触ることができず、巡回していた係員に事後を託しましたよ。

さらに、不審物が置かれないようにするためにゴミ箱をすべて封鎖したから、車内やホームにごみが散乱する状況となり、終端駅に着くたびに車内のゴミを拾いまくっていましたね。

とにかく、二度とこのような惨事が起こらないこと願い
犠牲になられた方のご冥福をお祈りいたします。

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